2012年01月18日

「大香港主義」の台頭:メルマガ「ぶんぶくちゃいな」配信

わたしは香港が好きだ。将来日本に帰るかどうかははっきり断言できないが、香港にはまた戻って暮らしたいと思っている。ここはわたしにとって父の田舎の「岡山県黒鳥」と同じくらい、大事な「故郷」だ。

香港という土地は驚くほど素早く、そして器用に経験を自分たちの未来への財産に変えていく。イギリス植民地時代には中国大陸から戦中、そして戦後(共産党政権成立)、さらに文化大革命時、天安門事件後の亡命者たちを次々に受け入れ、そして彼らのための社会体制、政策を整えた。

植民地時代の経験は彼らに中華社会において最も西洋社会に目を向けさせ(シンガポールも、と言う人もいるだろうが、シンガポールはそこで止まっている。そんなシンガポール人は自分たちを「西洋人」と呼ぶ)、海外旅行が大好きな香港人たちはまたそこで目にした事物や習慣を香港社会に取り込んできた。たとえば、90年代後半からの日本ブームはスピードや効率をなによりも第一に見なしてきた香港社会に、以前に比べて「立ち止まって味わう」文化をゆっくりと植え付けてきたように思う。

2003年のSARSでは感染地域に指定されたことで、世界的な金融都市であり、観光都市である香港は大打撃を受けた。しかし、その教訓を経て香港人の衛生観念は驚くほど向上した。多くの商業ビルのエレベーターボタンのそばには無水石けんが取り付けられ、路上からポイ捨てゴミが激減、公共のトイレや手洗い施設の改善が試みられた。

もちろん、便利なものに対する反応はもっと速い。東京より早く香港版「Suica」の「オクトパス」が導入され、今ではバスや地下鉄だけではなく、路上電車やフェリーなどのほぼすべての交通手段、そして駐車場の支払いもそれ1枚で済む。コンビニや多くの商店で使え、チャージもできる。携帯電話だって日本よりも普及が早かった。空港ではとっくの昔に住民の持つIDカードによる無人通関手続きが始まっており、市民はほぼ並ばぶことなく30秒程度で香港を出入りできる。

この街はこんなふうに上から下まで、次々といろんなものを取り入れ、受け入れ、ベストな生活方法を探す機敏さがあった。だが、今そんな彼らが大きな困難に直面している。

今月7日、ファッションブランド店「ドルチェ&ガッバーナ」(以下、「D&G」)前に2千人近い市民が集まり起こった騒ぎについて、ここ一週間ほど香港でいろいろな人の意見を聞いてきたが、この事件は「高度に発展してきた社会の体制に慣れ切った香港人」が現在心にため込んでいる不満が一挙に噴き出したという感が拭えない。

事件の概要についてはすでに「Newsweek Japan」サイトのコラム「中国 風見鶏」で書いた(http://www.newsweekjapan.jp/column/furumai/2012/01/post-438.php)ので、まだの方はまずそちらをご覧いただきたい。

いろいろな人に接するうちにこの騒ぎが抱える、本当の意味がわかってきた。まず、上述のコラムに書いたような、「大陸の金持ち観光客なら店の写真を撮って良いが、買わない香港人はダメ」とメディアが伝える解釈やニュアンスは、相当脚色された結果らしいということだ。

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2012年01月03日

韓三篇:メルマガ「ぶんぶくちゃいな」Vol.11 配信

新しい年が明けました。わたしの中では簡単に「おめでとうございます」と言うことができずにいます。なので年初めのメールやツイートにはすべてそれなしでお返事しました。中国語の「新年好!」なら本当に気軽に口にできるのですが。とはいえ、中国では今年は厳しい一年になると言われています。これがどんな影響を及ぼすのか、また眺めていきたいと思います。今年も「ぶんぶくちゃいな」をどうぞよろしくお願いいたします。

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「革命」。

たぶん、日本では歴史の授業以降使ったことがない人もいるだろう。日本人にとって「革命」なんて、小説か歴史の中、あるいは紛争が続く遠い国のことでしかない。

一方、中国人にとって「革命」という言葉はずっと身近にある。まず中国の学校では「革命」がふんだんに刻まれた歴史の他に政治という科目の 授業があり、大学に進学するには本人の政治傾向はともかく、この政治でも合格点を取る必要がある。つまり、学歴が高ければ高いほど、「革命」という言葉は 脳裏に刻まれるシステムだ。だからだろう、新聞や雑誌でもよく「革命」が出てくるし、歴史書でも「革命」をタイトルにぶら下げたものも多い。

昨年は世界がジャスミン革命騒ぎで幕を開けた。だから、中国のネットでも「革命」という言葉がいつも以上に飛び交った。それは見ていて多少の違和感はあったものの、ジャスミン革命の興奮を自分たちの身に当てはめて語る中国の民主派関係者の興奮はそれはそれで中国らしいと感じていた。だが、年末になって中国の若手作家、韓寒(ハン・ハン)が書いた3本のブログで、中国における「革命」の可能性を否定したことがネット上で大論争を引き起こしていることを、先週の「ニューズウィーク 日本版」に書いた

          (…続きはメルマガ「ぶんぶくちゃいな」でどうぞ)

 


......もっとごろごろ
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2011年12月20日

烏坎:メルマガ「ぶんぶくちゃいな」配信

 中国政府があまり大乗り気で宣伝しなかったせいですでに忘れられかけているが、今年は辛亥革命百周年だった。もちろん、中国史においては封建制度を打倒し、近代の幕開けとなった大事な節目の出来事だから、中国の歴史教科書にもでかでかと書かれている。しかし、それはまた中華民国政府樹立を意味するわけで、中国本土の歴史書ではすでに消え去った政治体制であるはずの中華民国が実は台湾に居座っている現状において、調子に乗って辛亥革命を持ち上げれば台湾問題に議論が飛ぶのは火を見るよりも明らかだ。だから、中国政府は国を挙げての記念活動を手控えた。
 
 今日更新された「ニューズウィーク 日本版」のコラム(http://www.newsweekjapan.jp/column/furumai/2011/12/post-428.php )にも書いたが、中国政府はこれまでのように歴史問題を持ち出して自分たちの正当性や歴史的優位を誇る余裕がなくなっているように見える。それはインターネットや市場メディアの発達で巷に情報があふれかえり、庶民が世の中にはさまざまな「解釈」が存在しており、自分たちはそのわずか一つの「解釈」の中に押し込まれ続けてきたことを知り始めた今、中国政府(=共産党)は人々をそんな「一つの価値観」に縛り付けるむずかしさにも気付いている(これは北朝鮮と対比すればよく分かるだろう)。
 
 逆にここ数年、政府が「一つの価値観」に縛りつけようと力むたびに庶民から大きな反発を受け、結局力いっぱい振り下ろした腕が空振りしてその勢いで体全体(=政府)がよろめくような目に何度も遭ってきた。だから政府のお年寄りたちも最近はかつてのように全力で押さえ付けようとするのを止めて、行動を起こす前には必ず、リング前のボクサーのように力の入れ具合を推し量っているようなところがみられる。ここが日本メディアの中国観の根底にある、「かつての中国観」と大きく違う。




......もっとごろごろ
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2011年12月09日

Just in case世代:メルマガ「ぶんぶくちゃいな」配信

今年の初め、ある20代のIT技術者が、「最近、移民話が増えている。ぼくの携帯にもたくさん広告が来る。確かに周囲では移民を考えている人は多いし、これって天安門事件直後の1990年代そっくりだ」と漏らした。

80年代生まれのあんたは90年代の移民ブームなんて知らないでしょうに、と周りは笑い飛ばしたが、実際今年に入ってからわたしの携帯にも移民コンサルタントの広告が入ってくるようになったし、その需要が増えているのは間違いない。彼もまた外国企業から雇用通知をもらい、まずは赴任、そしてそこから未来の移民計画へと歩を進めている最中だった。

それから数か月後、業界ではそれなりに知られているプログラマー同士の30代夫婦が勤めていた会社を辞め、「新しいことを始める」とツイッターでつぶやいているのを見た。そこで「ぼくは天津出身で、北京で学生時代を含めて10年暮らし、上海出身の妻と数年間上海で暮らしたし、広州にも一時期いたことがあるし、どっか新しいとこに行きたいなぁ」と言っているのを読んで、香港にでも行くのかしら、と思っていた。すると、夫婦と知り合いの友人から偶然、彼らも真剣に移民を考えているところだという噂が入ってきた。「西洋諸国ではIT技術者が不足しているから、プログラマーという職は移民条件が良くなる」のだそうだ。

この「移民条件」という言葉、わたしは90年代の香港でさんざん見聞きした…

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2011年11月17日

財新峰会レポート:メルマガ「ぶんぶくちゃいな」配信

先週末、経済誌「新世紀」を発行する出版社「財新」が主催するシンポジウム「財新サミット」をのぞいた。このサミットは同社が毎年、世界各地から経済アナリストや研究者を招待して行っているもので、中国からは中央銀行である中国人民銀行の周小川総裁や、証券監督管理委員会、銀行業監督管理委員会、保険監督管理委員会、工業・情報化部(部=省)、財政部、国務院(=内閣)発展研究センターからも新旧トップが出席し、民間主催の最高レベルの経済シンポジウムと言えるだろう(周・人民銀行総裁はAPEC出席と重なり、今回は欠席したが)。

念のために説明するが、この「財新」は「カリスマ編集長」と呼ばれる胡舒立女史が率いる出版社で、雑誌「新世紀」「中国改革」などを発行している。53年生まれの胡編集長は米スタンフォード大留学などを経て、1998年に雑誌「財経」を創刊。同誌は2003年に大騒ぎになったSARS感染拡大の背景をつぶさに調査、報道し、経済だけではなく、経済に大きな影響を与える社会や政治の話題もしっかり取り上げ、総合誌的な視点で報道している。政治的な思惑が絡んだ国有企業の経営問題を取り上げ、発行停止の処分を受けたこともある。

09年には政治的圧力を受けて「財経」の経営権が移譲されたため、同女史は100人を超えるスタッフとともに同誌を離れ、新たに「財新」グループを作って雑誌「新世紀」の編集権を取得。新「新世紀」誌は従来の「財経」誌のスタイルで経済や金融改革について報道する一方で、公害問題や臓器売買、あるいは孤児の「里子売買」現象などを暴露、また今年7月に起こった高速鉄道事件でも報道規制発令後もカバーで同事件の関連写真を掲げ続け、骨太な調査報道を展開した。



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2011年10月18日

その名は温州:メルマガ「ぶんぶくちゃいな」配信

すみません。ブログの更新がすっかり滞っています。9月末に7年半暮らしたアパートを離れて、次なるアパートに移る予定だったのですが、どうしても以前のそれより気に入った部屋が見つからず、「部屋が見つかるまでどうぞ」と言ってくださったある友人宅の空き部屋に転げこみました。只今、じわじわとわたしによる、その方の部屋の占領、侵略が始まったところ。奇妙な同居生活も今のところスムーズに進んでおります。

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日ごろそれほど中国になじみがない人も、「温州市」という地名に、なんとなく記憶の片隅になにかひっかかるものを感じるのではないだろうか。

...そう、7月に起こった高速鉄道事故の現場となった、浙江省の一地方都市だ。最近、この街が再びまた人々の話題に上っている。そして同事故に続いて、わずか2ヵ月後に再び温家宝総理が同地を視察に訪れたという。地方省の中心都市でもほとんどありえないほどの短期間における総理の再訪は、今温州で起こっている事態が高速鉄道事故に引き続き、この国全体にとって無視できない「大事件」であることを示すものだ。

温州で何が起こっているのか。簡単に言うなら、温州が「焦げ付いている」のである。温州は中国全土に名を知られた、「民間融資の街」だった。と言っても、中央政府が正式にそう命名したわけではなく、経済界にその独特さを認められ、自然にそう呼ばれるようになったのである。

(続きはメルマガ「ぶんぶくちゃいな」でどうぞ)


10月19日追記)
メルマガで、「ノーベル経済学賞を受賞したユヌス氏のグラミン銀行」に触れましたが、国名の「バングラデシュ」を「バグダッド」と書いておりました。まったくお恥ずかしい限りです。ここに訂正させてください。



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2011年10月05日

華人かガイジンか──新米国駐中国大使をめぐって:メルマガ「ぶんぶくちゃいな」配信

メルマガ「ぶんぶくちゃいな」の第5号を配信しました。今回の話題は、中国人のおたおたぶりがあまりにもおもしろくて、ウォッチングしているトピックを選びました。

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「米国大使がスターバックスのカウンターで自分のコーヒーを買った」。このトピックがここ一ヶ月以上、新聞やニュースサイトのあちこちで人々の話題になっている。

8月初めに元商務長官のゲイリー・ロック(駱家輝)新駐中国大使一家が、赴任先の中国に向かう際、空港のスタバに「自ら」立ち寄ってコーヒーを求めた姿が写真に撮られ、それがご本人が到着する前に中国に伝わり、この新大使一家の市民的行為が驚きを持って迎えられた。

ロック氏の赴任はもともと、米国初の黒人大統領が任命した、これまた初めての華人駐中国大使ということで、これまでの大使以上に注目を集めるだろうことは誰もが予想していた。しかし、前任のジョン・ハンツマン氏は台湾での生活経験があり、また流ちょうな中国の標準語と福建方言を話し、中国生まれの養女を持つなど、明らかに中国事情に通じた人物だったのに対して、華人ながら米国生まれ(父は第二次世界大戦の退役米国軍人、母は香港からの移民)のロック氏は、商務長官時代から「華人らしさ」を売りにする姿をまったく見せなかった。だから大使館筋からも、「ロック氏は根っからの米国人」という評価が流れていた。


(続きはメルマガ「ぶんぶくちゃいな」でどうぞ)


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