わしの文章が長いのは、「知られた表層」下で「知られていない事情」「知られていない事実」「知られていない思考方法」「知られていない習慣」「知られて いない出来事」なんかを説明せんと、わしが見ている中国が伝わらんからだ。日本がもっと中国の現実を知っていたらそんな面倒なことせんわ。
だんだんわかってきた。脊髄反射系は読まずに批判する。あたしはそういう脊髄反射系が読めないような長い記事を書いて、きちんと読む人に届けているのだよ。
「結果だけ教えてくれればいいのに」みたいな言い分って、結局「洗脳してください」と言っているようなもんで、だったら中国が「洗脳」だのどうこうだと言っているあんたの立ち位置ナニ?て話なわけ。自分が民主国家に育った日本人だからって甘えちゃいけない。
別に批判するな、とは言わない。事実に反した内容に対する指摘や批判は喜んで受け付ける。だが、あなた自身の反中、嫌中、勘違いを読まずにあたしにぶつけてこられても、あたしにゃあなたは救えないし、救う義務は感じない。まずあなたが知らない事実を読んでから考えろ。
あたし、よく中国人にも言ってんだけど、「基礎的な知識を得ずに、その基礎の上に立つ『最新の知識だけ教えてくれればいい』とか言うな」って。中国事情も 『基礎的なこと」を知らずに、「表面だけ教えてくれればいい」と思っている人多すぎ。だったら新聞読めばいい。新聞記事とコラムの違いはそこ。
中国のことが80%以上知られていない日本で、中国で今起こっていることを説明するにはその「知られていない80%以上」をまず伝えなければならない。そ れを知ろうとせずに「長い」というのは簡単だが、その「長さ」とは、イコールあんたの無知を意味してるんだよ、という事に気づいていない人多い。
新聞記事は紙面の関係もあって、いろんなことを端折って作られている。「だから新聞は精錬された記事なのだ」と言う人もいるけど、ある部分、それは事実。 だが、端折られたところに大事なものがあるのも事実。だから簡潔に読みたければ新聞最高。でもきちんと深く知りたければ、もっと他のソースを探す。
その新聞すらも読まないような人が、深層や端折られた事実を説明するコラムや書籍を「長い」と言って批判するのは愚の骨頂。
短いのがいいなら、制限枠のある新聞読め。だが、深いことを知りたければネット上で信用できるコラム読め。どれも読めないならバカのままでいろ。