2009年10月01日

60歳

昨日は新しいコンピュータのメンテナンスで1日の予定がきれいさっぱりつぶれる。いいんだろうか、こんなことで…と思いながら、しかしコンピュータが不調ではなんにもできないんだから…と思いつつ、「arrgghhhh.....」状態。

おかげで昨夜は3時寝。頭の中は「いいじゃん、連休なんだから」という思いと、「中国が連休だからってわたしが休んでいいのか」という思いと。

それにしても、昨夜寝る前に外は雨が降っているのを確認。このところずっとずっと続いたもんやりとした霧を晴らすために、「当局は明日朝早く人口雨を降らせることを検討しています」とニュースでは言っていたが…。いったいいくらかけてんだろか、今回の国慶節騒ぎに。
結局、ちょっと気になって8時半に目が醒めて一度テレビの前に座る。フェニックスは今朝7時から中継をやると言っていたけど。でも、早すぎて「さぁさぁ国慶節ですよ」みたいな番組ばかりだったので、またリモコンを放り投げてベッドで本を読む。

ふと気付くと、10時。「ああ、始まるなぁ、そろそろ…」と思いつつ、建国パレードなんか観たいとは思わないけど、でもやっぱり観るべきだろうか、観ればそれなりに新たに感じるところがあるだろうか、ないだろな〜、でも観ないとオリンピックの開幕式みたいに観なけりゃ観ないで後ろめたさを感じることになるかなぁ…、でもわたしなんかが観たって意味ないし、大型メディアがこぞってやるだろうし、なんか観たくないなぁ…。

結局のところ、キーワードは「観たくない」。

でも、のろのろと起き上がり、テレビをつける。窓からのぞくとうちの前の道路はがらがら。路線バスがごうごうと音を立てて走る横を、ときどき思い出したように自家用車が走っている。旧正月でもないよな、ここまで閑散とした主要道路。

そういや、昨夜はDLから、「戒厳でもJazzはやる」と彼の店で恒例になっている水曜日ライブのお知らせが来ていたんだけど。わたしも久しぶりにLiYにも会いたかったし、XiJにも、Douziにも会いたかったんだけど…また家の前の道が封鎖されたら寒空の中で待たされるだろうから、と諦めた。DLから「Kawayiso」のメッセージが入る。

テレビではもう閲兵が始まっていた。ロングスパンのカメラがとらえる胡錦濤が乗った車、そして長安街にしっかりと敷かれた、車の路線図。壮大なのはわかるけど、あんなにくっきり「ここで曲がる」みたいな道筋って、テレビを通じて見せられるとなんか笑っちゃうわ。

あいもかわらず人文字。それを観ながら思ったのは、最初に中国の人文字を見たのは日本で、たしかテレビだったけど、あのときは壮大さにびっくりした。そしてその統率性。でも、今日見て思ったのは、「これほど『個』を馬鹿にしたアトラクションがあるだろうか?」ということだった。軍隊の一糸乱れぬ(微妙に乱れてたけど)動きもそう。ま、どこの国でも軍隊の閲兵は似たようなもんだが。

そしてローアングルから、軍靴を鳴らして歩く兵士をとらえた画面を見ていて思ったのは、日本人はそのシーン、そして音を聞くと、「戦時中のいや〜な思い出」を思い浮かべるのに比べて、たぶん中国人は「かくしゃくとしたカッコよさ」を感じるのだろうな、と。これって歴史のDNAに埋め込まれたものだろうから、批判しても(だって元は日本人だって「カッコよさ」を感じてたんだし)しょうがない。ただねぇ…(無言)。

フェニックステレビ−CNN−香港ケーブルテレビ−台湾TBVS−BBC−中央電視台(CCTV)とチャンネルを切り替えてみて、やっぱり一番見ごたえがある(?)のはCCTVかな、と気づいたので、あとはずっとCCTVをつけっぱなしにしていた。

結局…観ちゃったよ、しっかりと12時まで。

ただ、閲兵が終わって民衆の行進が始まったころに、外がごうんごうんと騒がしくなったのに気がついた。「もしや」と思ってみると……

やっぱり。

戦車がうちの前を通って「帰宅中」だった。

もちろん、白昼堂々と。道の両側にはがっちりといつかの晩のように警戒線を貼られていて、5メートル起きに警官が戦車が走る道に背を向けて立ち、そして今日が最後のお勤めになるであろう路上ボランティアたちが歩道の反対側の端に立って道を眺める形で立っている。つまり、警官たちは道の外でなにか不穏な動きはないか、と見張っているのだ。

ごうん、ごうん、ごうん、ごうん…

青い空の下、まだ緑たっぷりのポプラの木の下を走る戦車と装甲車。

テレビを見ると、民族衣装を身に付けた若者が天安門で踊っている。ものすごい距離感…結局「民衆参加」というのは、軍隊が無事に基地に帰りつくまでの注意力を集める「的」でしかないのだろうか。

つけっぱなしになっているCCTVでは午後もう一回今朝の天安門での祝賀式典の様子を再放送した後、「生放送」と銘打って本日の閲兵に対する討論会が始まっている。

それにしても思ったんだけど、中国語をやるようになってから今に至るまで、今日ほどCCTVが我が家でつけっぱなしになっていたことはないだろう。画期的。そしてさらに思ったのが、祝賀式典のCCTVナレーションは今の時代からするとかなり時代錯誤的な、20年以上前とおんなじような言葉遣いで進められた。ま、画面自体も時代錯誤的だったから、それはそれで釣り合っていたけど。

でもね、感慨深かったのは20年前学生だったわたしはそのほとんどを聞きとれなかったんだけど、今のわたしは聞きとれちゃう。さらには、耳右から左へ…という特殊技術もすっかり身に付けたってこと。



posted by wanzee at 17:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 北京の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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