2009年09月29日

国慶節、けっこー、コケッコ〜

プールの2年期限合計360回分のチケットが先週25日に期限切れとなった。

このチケットは4枚つづりで、わたしとXL、YaYと3人でそれぞれ1枚つづり(1枚90回分)を持ち、ばらばらにプールに行くときにはそれを使い、残りの1枚を3人で揃ってプールに行くときに使う(だから最後の一枚はだれが持っていても同じ)というふうに使い分けていた。それがまるまる2年、途中、実業団の借り切りや急きょ閉館など、プール側の都合で泳げなかった日にちを書き足した結果、先週いっぱいで切れたのだ。

「う〜ん、国慶節休みはどうせ人が多いだろうから、泳ぐのは止めとこう。となると、国慶節前の月曜日はチケットなしだけど、でも国慶節前に買うのは損だから…ねぇ?」

と、XLが言ってわたしの顔を見た。「ねぇ?」と言われても、ねぇ? わたしとしては、彼女の「ねぇ?」のココロを知りたい。

「国慶節の前、あと一回だけこのチケットで泳げないかしら」

…えっ。だって、期限は切れてるじゃん。

「あと一回くらいいいじゃん。一回だけなんだから。国慶節すぎればまた3人で買うんだから」

いや、その、わたしは、よくわかんないけど…と思ったら、XL、本当に窓口に掛け合いに行ってしまった。

あと一回つったって期限があるものを…あっちは商売なんだし(公営プールだけど)、それこそ国慶節過ぎたらまた買うんだから、「国慶節の前に泳ぎたければすぐ買えばいいじゃない」と言われそうだけど…

そしたら、XLが帰ってきてにっこり笑って言った。「おっけー」

…これが中国の商売感覚だ。おそるべし。わたしにはいまだにその引きどころがよくわからない。

ともあれ、国慶節直前ということで本日お約束の時間にXLは大遅れ。ものすごく道が渋滞していてにっちもさっちも行かなかったんだとか。そりゃそうだ、建国記念日60周年、さらには3日は中秋節(中秋の名月)で、毎年お得意先やお世話になった人に月餅を配って回る人たちの車で驚きの大混雑となる。その二つが一挙に来たんだから、あなた…

プールに行くと、「10月1日は交通規制のため、午後2時に開館します」と書いてあるし、地下鉄も今日から一部駅では停車しなくなり、明日は全日通行規制が行われるという。1日は当然のことながら市内各地で自動車の規制が行われ、市民はほぼ外出できなくなることだろう。ひどい話だ。

そういや、国慶節祝賀式典開催中は飛行機とハトは飛ばしちゃいけないことになっているそうだが、主催者は6万羽のハトを放つそうな。ハトは指導者たちの頭の上を一周して飛び去るように訓練がなされているそうだが、香港ケーブルテレビの報道によると、「ハトってのは飛びながら排便する習性があり、列席の小中学生はその被害を免れないだろう」なんだそうである。ひどいよな、指導者たちの上空では排便しないのかい?

さらにこんなのまで(激しく音あり、仕事中や図書館など静かな場所でネットサーフ中の方はご注意)。あらわれるデモ隊の一人ひとりの影にカーソルを合わせると、なんと名前とメッセージが流れるようになっている。おえ。

アイディアはなんか古臭い(結局現実で人を集めてやれる、ちゅうかすでにやる予定になっているものの複製だし)からおっさんたちのアイディアかもしれないが、実際にこんな画面を作るのは若い人だろうけど、それを考えるとなんだかやるせない。

そういえば、Google本社の副総裁で、大中華地区のトップだった李開復氏が先月、Googleを辞職して新しいインキュベーターカンパニーを作ることを明らかにしたのが大きな話題になっていたが、その彼がブログにこんなことを書いている。
「メイド・イン・チャイナ」というけれど、ブランドや知的所有権のない製品がどれくらいあるか。欧米の一流大学に比べて、中国の高等学院がテクノロジーレベルを表す中核的な雑誌で紹介される率はどれくらいか。先進国に比べ、製品や金銭に転化することができる専門技術はどれくらいか…明らかに、盲目的な自信家は中国の経済総計しか見ておらず、中国が経済発展原動力という点から足りないであろう点を観ていない。彼らは目に見える経済データで中米間の距離を測っているが、それら目に見えないもの、つまり刷新に対する情熱や成熟した市場メカニズム、完成されヒューマニズムを持った教育体系こそがアメリカをスーパー大国として世界に君臨させる根本的な理由なのだということが分かっていない。
(「李開復ブログ:刷新における台頭」9月28日/原文はここ
ウェブサイトはいくらでも作られる。ただ作られているだけでどれだけ見るに値するものがあるのか、それが中国だけではなく日本のメディアを含めて雑誌や新聞に躍る、中国のウェブ事情に対するわたしの感想だ。コピー&ペーストで開かれたサイト、そしてまったく赤の他人がある有名人の語録や文章を各メディアから集めてまとめたサイト、そして上記のサイトのようになんのためだかよくわからないサイトも多くある。
結局のところ、中国の若者世代には一般的に情緒的な修養がかけており、視野が狭く、積極的ではないなどの問題があり、それはおもにやはりテスト主体の教育という大きな環境によって生まれたものだ。中米両国の教育体系を比べてみると、中国の教育は基礎知識と基本能力の訓練に力を置き、組織の規律性や論理的な思考能力の養成などに力を置いているといった優位はあるものの、刷新において最も必要とされる資質、たとえば分野間を超えた思索、多元化された思索、自己表現、コミュニケーションと協力などの育成面において、アメリカとはかなり大きな開きがあることがよくわかる。これこそがなぜわたしがずっと若い学生に多くの実践、多くの表現、既定モデルの突破を恐れないことを奨励している理由なのだ。
(同上)
うん、その通り。古臭い、前世代の考え方を今の技術で再現、表現していても仕方がないのである。国慶節の騒ぎの細かな点が実はそんな古い「アタマ」と新しい「技術」の組み合わせで成り立っている。それがこの国のスタイルだと見せつけてくれた。だから、我々は「あ〜あ」としか言えないんだな。




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