2011年12月31日

2011年大晦日。

今年も今日で最後。北京は例にもれず、街から外国人の姿が減っているくらいで、ほとんど年末気分はなし。それでも友人たちと食卓を囲めば、「新年快楽!」と乾杯するので、多少「新年を迎える」気分になれる。確かに今年は、いつもだったら旧暦の正月に入れ替わる干支の話がすでに12月中旬くらいからちらほら流れてきた。今度の旧正月が1月の20日過ぎ(時には2月中旬である場合も)で、太陽暦の新年とそれほど離れていないせいなのかもしれない。でも、なんとなく、少なくとも北京の人たちの生活感覚が、クリスマスを祝ったり、と、西洋カレンダーにも反応するようになってきた感がある。やっぱり若い人たちは、商業主義が主導する消費キャンペーンには敏感なんだと思う。




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2011年12月20日

烏坎:メルマガ「ぶんぶくちゃいな」配信

 中国政府があまり大乗り気で宣伝しなかったせいですでに忘れられかけているが、今年は辛亥革命百周年だった。もちろん、中国史においては封建制度を打倒し、近代の幕開けとなった大事な節目の出来事だから、中国の歴史教科書にもでかでかと書かれている。しかし、それはまた中華民国政府樹立を意味するわけで、中国本土の歴史書ではすでに消え去った政治体制であるはずの中華民国が実は台湾に居座っている現状において、調子に乗って辛亥革命を持ち上げれば台湾問題に議論が飛ぶのは火を見るよりも明らかだ。だから、中国政府は国を挙げての記念活動を手控えた。
 
 今日更新された「ニューズウィーク 日本版」のコラム(http://www.newsweekjapan.jp/column/furumai/2011/12/post-428.php )にも書いたが、中国政府はこれまでのように歴史問題を持ち出して自分たちの正当性や歴史的優位を誇る余裕がなくなっているように見える。それはインターネットや市場メディアの発達で巷に情報があふれかえり、庶民が世の中にはさまざまな「解釈」が存在しており、自分たちはそのわずか一つの「解釈」の中に押し込まれ続けてきたことを知り始めた今、中国政府(=共産党)は人々をそんな「一つの価値観」に縛り付けるむずかしさにも気付いている(これは北朝鮮と対比すればよく分かるだろう)。
 
 逆にここ数年、政府が「一つの価値観」に縛りつけようと力むたびに庶民から大きな反発を受け、結局力いっぱい振り下ろした腕が空振りしてその勢いで体全体(=政府)がよろめくような目に何度も遭ってきた。だから政府のお年寄りたちも最近はかつてのように全力で押さえ付けようとするのを止めて、行動を起こす前には必ず、リング前のボクサーのように力の入れ具合を推し量っているようなところがみられる。ここが日本メディアの中国観の根底にある、「かつての中国観」と大きく違う。




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2011年12月12日

本日のぶつぶつつぶやき@ツイッター

いやー、ブログ更新怠ってしまい、「なんだ宣伝ばっかかよ!」とここに来るたびに自分で思うようになりました。申し訳ないです。

いろいろ考えたりすることはあるのですが、最近すっかりツイッターでつぶやくとそれでよし、になってしまい、長文にしてここに書き込む余裕がありません。というか、時間的にもちょっと厳しくなっている。ただ、「ブログで書きたいな」というテーマもあるんですが、それ書いているうちに次の記事の締切が来るので、そちらの資料探しや資料読みでばたばた…と、結局書けないままに日が過ぎて、また「書きたい」→「あ、原稿準備」→「忘れた」→「書きたい」…の繰り返し。

ツイッターもいいんですが、ちょっと思考が細切れになるのが難。最近ではそういう思考方法に慣れてしまっている感もあり、それはそれでやばいんじゃないかと。自分が何を見て、何を考えて、何を思いついたか、それをきちんと記録する、そういう場がこのブログであったのですが。そこで、自分にはっぱをかけるためにも、一つのテーマでまとまったつぶやきをしたときにはここにまとめておきましょう。それが次の記事のヒントになるかもしれない、と期待しつつ…

今朝の連投ツイートは音楽家の伊東乾さん(@itokenstein )のこのツイートに刺激されて始まった…
itokenstein Ken ITO 伊東 乾
コンビニのレジで、どうしても理解できないこと2点。*暖かいものと冷たいものをひとつの袋に入れようとする人がまだいるが、どういうものだろう? *何も言わないとレシートを出してこないバイトは少なくない。領収書って本来は大事なもののはずだけれど・・・けっこう高打率で両方出食わす気がする

前便もとい理解できないではなく理解は出来てしまう。考えてないという事だろう「これは高温の食品これは冷蔵飲み物」とか普通に考えてれば何かする筈。レシートも同様で店舗として金銭のやり取りがあれば必ず出べきもの。基本が伝えられずレジに人が立つのは、どういうマニュアルになってるんだろう?

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2011年12月09日

Just in case世代:メルマガ「ぶんぶくちゃいな」配信

今年の初め、ある20代のIT技術者が、「最近、移民話が増えている。ぼくの携帯にもたくさん広告が来る。確かに周囲では移民を考えている人は多いし、これって天安門事件直後の1990年代そっくりだ」と漏らした。

80年代生まれのあんたは90年代の移民ブームなんて知らないでしょうに、と周りは笑い飛ばしたが、実際今年に入ってからわたしの携帯にも移民コンサルタントの広告が入ってくるようになったし、その需要が増えているのは間違いない。彼もまた外国企業から雇用通知をもらい、まずは赴任、そしてそこから未来の移民計画へと歩を進めている最中だった。

それから数か月後、業界ではそれなりに知られているプログラマー同士の30代夫婦が勤めていた会社を辞め、「新しいことを始める」とツイッターでつぶやいているのを見た。そこで「ぼくは天津出身で、北京で学生時代を含めて10年暮らし、上海出身の妻と数年間上海で暮らしたし、広州にも一時期いたことがあるし、どっか新しいとこに行きたいなぁ」と言っているのを読んで、香港にでも行くのかしら、と思っていた。すると、夫婦と知り合いの友人から偶然、彼らも真剣に移民を考えているところだという噂が入ってきた。「西洋諸国ではIT技術者が不足しているから、プログラマーという職は移民条件が良くなる」のだそうだ。

この「移民条件」という言葉、わたしは90年代の香港でさんざん見聞きした…

(…続きはメルマガ「ぶんぶくちゃいな」でどうぞ)


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