2009年08月28日

ダイソー死す

が〜ん、「ダイソー」こと成奎安(せん・ふいおーん)死す、のニュース

成奎安、香港映画を観たことのある人なら一度は必ず目にしているはずの悪役俳優。見るからに、この人が悪役やらなくて誰がやる?ってくらい迫力のある俳優さんだった。わたしは彼のクローズアップを目にするたびにいつも頭の中で口あけたワニを想像したもんだ。

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悪役だけど、庶民的で、最後の頃には本当の意味でのにくたらしい悪役、というより、コミカルな悪役として愛された俳優だった。

癌を患っていたのは知ってたけど……香港から、香港映画界からだんだん性格俳優たちが消えていく。つまらなくなるわけだ、香港映画が。

合掌。成奎安に。香港映画界に。

posted by wanzee at 13:03 | Comment(1) | TrackBack(0) | 香港のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月27日

20年ぶり

20年ぶりの投票に行ってきた。

わたしが在外選挙人に登録したのは一昨年の末。わたしは早くから日本の住民票を抜いてあったので、日本国内の自宅には選挙のお知らせは送られてこないから、この在外選挙人証でしか選挙に参加するすべはない。

なんで一昨年になってやっと登録したかというと、まず在外投票が日本で認められるようになったのが90年代後半だったため。次に一昨年の末に、中国の滞在ビザを延長するために事前にパスポートを更新したため。三番目に日ごろから日本の在外公館(つまり、大使館とか領事館)とは基本的にお付き合いも、ご訪問する必要もほとんどないため。つまり、パスポートの更新程度しかわたしには在外公館に出向く理由も必要もないんですね。

なので、今回の衆院選が、日本を離れてからはじめての在外投票のチャンスとなった。


......もっとごろごろ
posted by wanzee at 20:36 | Comment(1) | TrackBack(0) | ニュース記事から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月23日

政治とは遠くにありて思ふもの?

内蒙古自治区に行ってました。

雨にたたられ、ぬかるみにタイヤがはまり、あわやと思ったときに救世主のようにモンゴル族の消防隊員が通りかかり、チェロキーの馬鹿力でぐぐっと、大人三人押しても引いても動かなかったワゴン車を、あっという間に路上に引き上げてくれた。

草原の一面に、ばかでかい風車が並び、なんと2000平方キロメートルの範囲内に1000個ある、世界一のこの発電所で風力発電してるのだとか。この先、もっともっと風車の密度を狭くしていく(つまり風車を増やしていく)んだそうで。

あとね、意外に辺鄙な街に大学かと思うほどすんごい面積と施設を持つ中学校(寄宿舎付き)があったり、大きな街だと思っていた場所が歩いて端から端まで往復できるほど小さかったり。内モンゴルという土地では不思議な都市開発が行われているような印象。

それと、これは同乗者一同みなものすごく意外だったのが、砂漠化が進み、黄砂地帯として有名なお土地柄なのに、どんなに辺鄙な農村でも街でも驚くほど清潔だったこと。北京の市街地やあるいは郊外の半農地帯とは比べものにならないくらい、どこも掃き清められていて、本当にすっきりとした町並みばかりだったこと。

「農村=汚い」、「貧しい=汚い」、てのはかなりイメージ違ってきた。最近、中国からGoogleのアルバム機能Picasaにアクセスできないので、写真はまた改めて。


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posted by wanzee at 21:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 北京の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月16日

好文一篇:梁文道「ソドム」

中国では、ニュースねたにならないがやりきれない事件が続いている。それらはほとんど日本のメディアにも取り上げられていないような、ウラの話ばかりなのだが、TwitterやブログのReaderを読んでいると気が滅入ってしまう。

60歳の大台を前にして、この国は一体なにをしようとしているのか。みながそれと知っていて、お祝いの席の準備が進んでいるまっただなかに、暴君のように棍棒を振り回し、子供のように暴れまわっている。その論理は、まるで30年前に戻ったかのようだ。違うのは、周囲の人たちが冷静になり、理性的になり、賢明になり、そしてそれをじっと見つめていることだ。

彼らは、もう60歳の老人と一緒になって、砂場を駆け回るようなそんな人たちではなくなった。彼らは、自分の立ち位置を見つけ、暴君が次の一歩を踏み出そうとしているのを遠く離れて見つめている。もちろん、かつてそんな暴君が年をとって穏やかになるのを期待していた自分の、心の中のうずきを感じながら。彼らはそれが暴君の臨終前のあがきなのか、それとも自分たちが次の期待に燃えて一歩を歩みだすきっかけに変えていけるかどうかを観察している。

身体にときおり、暴君が振り回す棍棒がぶつかるけれども、彼らは自分の立ち位置の正確さと、分析力の正しさを信じて、暴君の一挙一動を見守っている……


......もっとごろごろ

2009年08月15日

「愛」ってそんなもの?

昨夜、東岸で、一人の北京出身香港在住の好青年を紹介される。名刺もくれた。某米国系投資銀行の某副総裁。どう見たってまだ30そこそこ。でも話を聞いてみると、彼の育ってきた家庭自体がちょっと普通じゃないことがありあり。

その彼がしばらく香港を馬鹿にするような話をした後、「ヒューマニティ」という言葉を使って、「アメリカ人も中国人もまったく違う社会に生きているけれど、ヒューマニティという点では中国人もアメリカ人もない。みな、おんなじなんだ。人種や国籍、言葉や文化で境界線を引く必要はない。みんな、おんなじなんだ」と英語を交えて言ったとき、ちょっとムカッとした。そして言った。

「アメリカ人とつながりあえて中国人であるキミがうれしいのは分かるし、アメリカ人も中国人もヒューマニティという角度から見ればおんなじという点ではわたしも同意するけど、アメリカ人との間には境界線はないというんなら、まず北京人としてのキミはもっと河南人、四川人、貴州人、安徽人、そして都会で育った恵まれた人間として農村で暮らす貧しい中国人たちにもおんなじヒューマニティを感じるように努力したほうがいいんじゃない? 国内の人たちの間でヒューマニティのシンパシーを感じられない国なんだから、ここは」 

そしたら、黙っちゃった。


......もっとごろごろ

2009年08月10日

あのね、

一昨日のエントリ「『サービス』の限界」は、実は香港から北京への帰着便が夜の11時半に着くはずだったところに、出発がなんと2時間遅れて夜中の1時半に、とおいとお〜い郊外の首都空港第3ターミナルにたどり着いた翌朝、怒りに任せて書いたものだった。

夜8時出発だったので、正午に香港島はクォリーベイという、空港のド反対ともいえる場所で、元同僚たちとにぎやかに飲茶をし、真ん中あたりの九龍半島のチムサーチョイで荷物をピックアップして、そこからわずか30香港ドルちょっと、1時間で空港に到着するエアポートバスに乗り、早めにチェックインして、空港となりに住むPabくんを呼び出して、お茶をすることになっていた。

そこに空港となりのビルでの仕事を終えたConが合流して、今回の香港滞在を3人で総括してから手を振って税関を抜けた。


......もっとごろごろ
posted by wanzee at 10:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 北京の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月09日

三枚肉、咀嚼、そして活性

実はいろいろと香港でありまして、いろいろと批判も受けまして、いろいろと大事な人たちと話しをし、いろいろと考えることがあったのですが、まだ咀嚼できずにいます。ほぼ、「このまま飲み込んだら排泄できるかもしれないけど、それだと丸々出て行っちゃって、脳内にはたぶんなんにも残んないな」状態なので、敢えて喉に突っかかった状態にしてほっといてある。

本当はちょっと考える時間がほしいのですが、暇はあってもそっちに思考が向かない。ほかにやるべきことが多すぎるような気がする。というか、実のところそれを咀嚼するためにはその、今までほっておいた「ほかにやるべきこと」をやることが一番の媒介剤になるような気がする。

気がする……気がする……気がする。

しばらくそんな「気」をもてあましながら生活することになりそうです。


......もっとごろごろ
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